おたふくわた復活プロジェクト

15.亡き父と対談した武野要子先生との出会い ~月刊誌「財界九州」にハニーファイバーが載る!?~

昭和55年は弊社が創業してちょうど140年目を迎えた年です。これを記念して弊社の社史をまとめた「目で見るハニーファイバーの140年」が出版されました。主に創業からの歴史や活動内容そして歴代社長の紹介などが掲載されているのですが、他に「特別対談」として当時社長であった亡き父原田憲明が数人の著名人と行った対談のページがありました。その中で博多の歴史を研究されていた当時福岡大学の教授であった武野要子先生との対談に興味を持ちました。綿や博多の歴史についての対談なのですが、武野先生が弊社の歴史を研究しているうちに意外な事実があった事を話しておりその内容が非常に面白いものでした。私は対談を読みながら無性に武野教授に会いたくなりました。先生は1929年にお生まれになっており現在お元気であれば73歳です。私はインターネットで調べる事にしました。すると2年前に岩波新書から「博多」という本を出版されていることが分かりました。そして現在は兵庫大学で教授をされていることが分かり、私は早速電話をかけました。

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昭和56年頃の故・原田憲明氏と武野要子教授の対談風景

何しろ亡父との対談も20年ほど前の事ですから電話で伝わる先生の声も驚きに満ちていました。しかし当時の事を良く覚えていてくださり私がお会いしたい旨を伝えると先生は「ぜひお会いしましょう」と即答してくださいました。 武野先生は現在でもハニーファイバーが会社を継続している事を喜ばれたのですが電話の最後に「お会いした時にご相談したい事があります」とおっしゃりました。先生は1週間のうち兵庫と福岡を行き来しており私も福岡に定期的に出張することから福岡の先生の事務所でお目にかかることになりました。 武野要子先生は1929年に静岡県でお生まれになりました。長崎市で育ち、53年には九州大学経済学部を卒業。同大大学院修了後に九州産業大を経て70年に福岡大学教授に、その後名誉教授になられ99年からは福岡大学の名誉教授、兵庫大教授になられました。「博多の豪商」「神屋宗湛」「博多」など数多くの著作があり、現在は福岡市に在住しておられます。先生は現在大学で教壇に立つ傍ら新聞や雑誌などへの執筆活動を精力的に行っておられます 。

私はついに今年の春に先生にお目にかかることが出来ました。緊張しながら事務所のドアをノックすると助手の女性が出てきて私は自己紹介を済ませ奥に案内されました。するとそこには社史に出ていたあの武野先生が座っておられました。先生は現役で教授をされているからか姿勢もまっすぐで、また顔色も良く大変お元気そうでした。 「まあ憲明社長に似ていますねえ・・いやいや懐かしい。」と父を見ているかのような顔で先生は私を迎えてくれました。社史で亡き父と対談した先生が目の前にいる。そう思った瞬間私は感動のあまり言葉に詰まってしまいました。 先生からは当時の父との対談の様子や弊社の歴史などのお話を、そして私は現在の事業内容、そして自分の活動内容、将来の夢、などについて話しました。そして父がお世話になった方々にお会いして会社の歴史やふとんの歴史を聞き歩いている事、また今回先生とお会いしたかった主旨を話しました。

しばらくすると先生は「先日電話で話したご相談したい内容とはですね・・」と話し始めました。その内容とはハニーファイバー株式会社が現在でも会社を継続している事実を博多の方々に広く知らせたい、というものでした。現在先生が寄稿されている財界九州社発行の月刊誌「財界九州」(九州で有名な財界誌)に弊社の事を書かせてほしいとおっしゃるのでした。 「寝具業を撤退したと聞いて私は会社そのものも解散したと思っていました。(苦笑) でも憲明社長のご長男がこうして会社に入られ、夢を持って活動していることを博多の方々に知らせたいと思います。九州も色々歴史ある会社がなくなったり買収されたりと寂しい話しも多いですが、駅前が徐々に再開発されはじめたり各企業も商人の魂を消してはいけないと必死に頑張っています。それに『おたふくわた』というネーミングを懐かしむ人も多いと思います。連載で書きますね」という事でした。

そして今年「財界九州」9月号、10月号に弊社の歴史などが武野先生によって詳しく紹介されたのです。 この記事について九州の方々から数多くの問い合わせもあり、また内容も好評だったので次回から2回に渉り武野先生が書かれた財界九州「九州の商人 ~ 追想おたふくわた~」を抜粋してご紹介しようと思います。その後は和田哲の和田会長との出会いを書きたいと思います。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2002年9月に執筆されたものです

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