35.おたふくわた復活宣言!!~最終回~ 童画家・田中時彦氏との運命的な出会いそしてカタログ作りへ  後編

童画家・田中時彦氏を知ったきっかけは前回コラムで 詳しく書きましたが氏のほっとする絵を見て私は一度会いたいと思い電話をしました。しかしその日は氏が不在でしたのでメールで自己紹介を書きました。する と数日後に田中氏から丁寧なお返事が来たのです。私からのメールに突然で驚かれたようでしたが、おたふくわたに相当の愛着を持っていただいているような内 容でした。そして文末になんとその週の週末に仕事の打ち合わせで東京にいらっしゃるという話が書いてありました。しかも打ち合わせのギャラリーの場所が外 苑前と私の会社から数分の場所でした・・・。
出会いから打ち合わせの場所まで全て偶然とはいえ驚きました。数日後私は緊張したまま指定の待ち合わせ場所に向かいました。
「おたふわたの復活を心に決めてからこういった緊張感持った出会いはどれぐらいあっただろう」・・・待ち合わせ場所に行く途中、表参道周辺を歩き、人ごみ を一切気にせず私は並木を眺めながら、ふと「おたふくわた復活プロジェクト」で出会った人達の思い出が走馬灯のように頭に蘇ってきました。復活を目指しコ ラムを書いてきたこの2年間、色々な出会いがありました。皆さん満面の笑みで握手をしていただき、そしておたふくわたやそれに関わってきた方々の色々な思 い出話やエピソードを思い出していました。田中氏とも何の縁もなかったのに突然氏の作品の絵はがきが私の目の前に現れ、こうして会おうとしているわけで す。本当に周りの支えてくれた人に私は感激しています。
さて待ち合わせ場所に田中氏は立っていました。ホームページなどで顔が出ていらっしゃったので私はすぐ分かりました。
「あれれ原田さんですか? 若いんですねえ」といきなり言われてしまいました。
田中氏がいつも外苑に打ち合わせに来た時寄るというモダンな珈琲屋さんに行きました。おみやげにおたふくわたの看板も入ったご自分の作品のはがきを下さいました。
私がそのはがきを見ていると氏は「おたふくわたのあの看板は私にとって何ともいえないんですよ。かわいくて仕方ないですね」と言ってくださいました。
童画家はご自身も童心にならないと描けない。田中氏の笑顔を見てふとそう感じました。「こんなにおたふくわたの看板を書いて著作権に問題ないか悩みながら 書いてはいましたが」と苦笑されるので「いえいえ私たちにとってはいい宣伝をしていただきました。」と答えました。

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弊社に訪問してくださった田中氏。
うれしそうにおたふくわたを持っていただいています(笑)

 ところで田中氏はこういったノスタルジックな絵をどうやってイメージして書かれているのか聞いたところ「私の住んでいる宗像市の自宅周辺にはこういった光景はまだいくつもあるんです。わざわざその為に引っ越してきたぐらいですからね(笑)」
とおっしゃっていました。ご近所の姿が作品のネタになるという何ともうらやましい町です。
「新おたふくわた」が目指しているのはインターネット版の「昔のおふとん屋さん」です。最高の腕を持つ職人さんが皆さんの体型になるべく合わせて最高の 高級綿を100%使って丁寧にふとんを作ってそれをインターネットで売ります。ほのぼのしたあのふとん屋さんの雰囲気をなるべくネット上で実現できるよう に私は考えています。田中氏の絵を見ていて私は妻が言ったようにおたふくわたのイメージに合った作品だと思いました。そして私は田中氏におたふくわたのふ とん販売用のカタログの表紙を思い切ってお願いする事にしました。カタログの表紙には私をイメージにした子供一人登場します・・・。

さて、この2年間おたふくわた復活プロジェクトを見てくださり本当に有難うございました。皆さんの口コミのおかげでここ1年急激にアクセスが増えて雑誌や 新聞にも登場できました。そしていよいよおたふくわたは限定販売という形で復活します。8月に各マスコミにリリースします。皆さんの励ましなどがなかった らここまで出来ませんでした。
本当に有難うございました。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年7月に執筆されたものです

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34.おたふくわた復活宣言!!~その2~ おたふくわたの看板を書き続けている童画家復活宣言直前に起きた 田中時彦氏との運命的な出会い 前編

「おたふくわたが復活する」という情報をこのホームページや噂で聞いた弊社の元社員の方々が最近電話やメー ルなどで私にエールを沢山送ってくださいます。弊社の事情で寝具事業を撤退した際に止むを得ず会社を退職された方々から「応援しています!」と言われると 感極まります。限定販売とは言えもう一度世間に「おたふくわたのおふとん」を売るのは事実です。悔しい気持ちを内で抑えながら会社を去った方々が今こうし て応援してくれています。そういった期待を裏切らないためにも私はおたふくわたを必ず成功させたいと思います。
先日私は数人の元社員の方々と食事をする機会がありました。丁度父が社長として活躍していた頃の社員の方々です。私は箸を進めながらその方々から父の思い 出話を聞いていました。食事をしながらしばらくするとその中にいたある方が「あっ思い出しました」と言いながら突然かばんの中から2枚の絵葉書を見せてくれました。「これは私宛と知人宛に来たはがきなんですが裏の絵をよく見て下さい。」というのです。昭 和を思わせるノスタルジックな心が和むその絵の中にぽつんとなんと・・・おたふくわたのホーロー看板の絵があるではないですか!「これはどなたですか ね!」と興奮気味に私は聞きました。「元社員ではないと思いますよ。宛名の下に田中時彦と書いてあるでしょ。画家ではないでしょうか」と言うので宛名の下 を見ると小さい字で田中氏の紹介が数行印刷されていました。どうやら福岡の方のようでした。「すごいです ね。2枚とも種類が違うのにそれぞれおたふくわたの絵が描いてあるというのは、よほど看板を気に入ってくれていると考えてもいいですよね。」と私が言うと その方は「しかも心が温まる絵と言うか、ほっとする感じでしょ。いやそのほっとする絵の中にこのおたふくわたの看板を入れているということはですよ。この画家の方はおたふくわたイコールほっとする、と思っていらっしゃるんじゃないですか。」
と言いました。私はその2枚の葉書をお借りして自宅に帰りました。

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ポストカードになっている田中時彦氏の作品です。
おたふくわたの顔の看板や手前に・・ふくわたとなっているのが分かります。

酔いが覚めていた私は葉書を妻に見せました。「ほのぼのした絵ね」と妻は葉書を眺めていました。「私がイメージしているおたふくわたはまさにこの絵なのよ」と私に葉書を返しました。私はぴんときました。「こんな絵を描く方ならきっと心優しい画家なのではないか」
私は翌日インターネットで田中氏の事を調べました。すると沢山田中時彦氏の関連したホームページが紹介されているではないですか(本当にインターネットは便利です)
そして田中氏自身のホームページがありました。
田中氏のプロフィールを見ると結構お若いということが分かりました。
そして何より更新をまめにされているところを見るとリアルタイムで活動されている感じがありました。元社員の方から借りた葉書が1996年の作品だったの でもしかしたらもうリタイヤされているかと考えていたので嬉しくなりました。私は思わず連絡先を見て直接電話をしてしまいました。
あいにく本人は不在でした。気持ちを落ち着かせて私は受話器を置いた後ホームページの問い合わせを見てメールを出すことにしました。福岡では有名な方のようでしたので返事はNGではないかと思いながらメールを出しました。そして・・・翌日田中氏からお返事が来たのです!
田中氏のホームページをぜひ一度見て下さい。
次回はおたふくわた復活プロジェクト最終回!田中氏との出会い後編をお送りします。
おたふくわたは8月初旬頃に各マスコミに木綿ふとん限定販売についていよいよプレスリリースをします。皆様の応援宜しくお願いします!

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年7月に執筆されたものです

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33.おたふくわた復活宣言!!~その1~ ついにデザインも決定!あとは皆さんへのデビュー待ちです。

私は決して花柄が嫌いというわけではないのですが、ふとんの花柄特に弊社の花柄があまり素敵なデザインがなかったのでふとんの花柄にいい印象はありません。
他社製品を見ても決して参考にしたという花柄はありませんでした。確かに素敵だと思う花柄(というよりプリント方法か)もありましたがそれでは単純な模倣になってしまうのでもう少し勉強しようと思います。最近は私自身「ETRO エトロ」のペイズリーなんかも非常に参考になると思いました。
当初私はデザインの事ばかり悩んでしまいましたが、おたふくわたを復活させる以上、一番のこだわりは中綿でしたので、皆さんに喜ばれる素晴らしい綿が完成した以上、デザインはシンプルなものでデビューしようかなと考えが変わっていきました。
デザインに関してのテーマは「静かなる和」でした。伝統的な日本の庭園、家、神社や着物などには外人も驚くぐらいの素晴らしい技術が沢山あります。そういったイメージを持ったデザインにしてみました。元々日本人は、色彩感覚なども素晴らしく、「ジャポニズム」という言葉が出たぐらい世界中から評価されています。日本には多くの色があります。青だけでも何十色、何百色もあります。今回はそういった日本人に馴染みの深い色を組み合わせてみました。あとは皆さんへのデビューを待つだけです。 先日もこのコラムに書いた和田哲のデザイナーである青木さんも「きれいな色を使いますね。私達も今からどうなるか楽しみです」と協力してくださっています。 和田哲は木綿ふとんを支えていこうと今でも木綿ふとんに合った生地をきちんと作ってくれます。今回は最高級の中綿を使うので当然、通気性や綿つき感(綿と生地の相性)がいい生地を選びました。糸が太いため、シルクなどのようなツルツル感はありませんが超長綿の糸を選びましたので品質は最高です。糸が太いということはそれだけ中の木綿に空気や日が入りやすいので通気性もよく、日干しの時は綿の中までたっぷり太陽のパワーが入ります。また掃除機などもかけやすいので中のホコリやダニも吸いやすくなると思います。
ところで皆さんから色々問い合わせがあったのですが私 原田浩太郎は時代の逆をいくかもしれませんがもう一度あの「木綿ふとん」を販売しようと決意しました。
9月に限定的な販売になると思いますが最高級の木綿ふとんを販売します。
デザインの生地が7月に出来上がります。その後プレスリリースを行いますのでその時皆さんの前におたふくわたのふとんがデビューできると思います。
最高級の木綿ふとんに最高品質の綿100%の生地、そして技能士の優勝者である野原プロが作る手作り木綿ふとん。最高級といっても破格の値段で売るつもりはありません。
というよりこのぐらいの価格で最高のふとんは手に入るという価格だと思います。
もう少しで皆さんの前におたふくは帰ってきます。待っていてください!
次回はいよいよ「おたふくわた」の復活について書きます。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年7月に執筆されたものです

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32.ついに完成!おたふくわたのオリジナル綿いよいよ販売に向けて動き出します

「武田社長、お願いします!」「分かりました。何とかしましょう。」
このコラムでも2回紹介しましたが、私のおたふくわたのオリジナル綿作りにずっと協力していただいている埼玉県のタケダふとんセンター「武田製綿」さん。
冒頭の会話は武田社長と前回訪問した別れ際に交わしたものです。私は超長綿で有名なある国の綿を使って掛けふとんを使う事がどうしてもあこがれでした。木綿ふとんの掛けふとんは通常アメリカやメキシコなどのいわゆる米綿(別名ヒルスツム スーピマは除く)が多く使用されています。米綿も綿の繊維が割りと細く軽くて肌ざわりがいいのですが、私はせっかく復活するのなら希少性がある綿がいいと思い、更に細くて心地いい綿はないのかと追求していました。国内に入ってくる多くの綿を見たり触ったりして顕微鏡で繊維の長短を調べました。とにかく消費者の「木綿ふとんは重い!」というイメージを変えていこうというのが私のテーマでしたから繊維が細く、しかもふとんにふさわしいものを探すのは容易ではありませんでした。そして1年近く研究した結果、私はふさわしい綿をようやく見つけました。ただ木綿ふとんとしては通常使うことがない国のものなので普通の製綿所では中綿として作りにくいのです。それは繊維が細すぎて機械のローラー部分にくっついてしまうからです。前回書いた時から武田社長は当社の元社員で現在は綿の商社にいらっしゃる方と二人三脚でこの綿の製品化を目指すべく機械の調整や研究を続けてくれました。
先日、綿の商社の方から電話があり「何とか出来そうだから一度工場に来て下さい」と言われました。私は不安と期待を持って工場に行きました。気のせいか私は武田社長と会った瞬間「何とかうまくやった」という満足感の顔に感じました。
そして私に玉綿を持ってきてくれました。「おお!」私は思わず声が出ました。前回の時はどこか不自然な形だった綿がきちんと野原さんが入れやすいような綿に仕上がっているではありませんか。それでも社長や綿の商社の人は「もう少しだね。綿の固まり(ネップ)がなくなればOKだ。」と言っていました。私は感動しました。他の有名メーカーなどの量に比べたら私のおたふくわた復活なんていうのは小さいロットなので量として武田社長のところでは一番少ない仕事だと思います。それでも武田社長は懸命に機械を調整したりして何とか私のわがままに応えようと日夜作業をしていてくれたのです。 画像を見ても分かりますが通常の高級米綿に比べてかさがあるのが一目瞭然です。
私は武田社長に深く頭を下げて感謝の気持ちを伝えました。
後日野原氏にこの綿を送って試作品作りをお願いしました。「うん、いいですねこの綿。繊維が細くて大変ですが頑張ってみます」と言ってくれました。
この試作品が出来たらいよいよ社内検討になります。そして側地の色柄を決めていよいよオリジナルのおたふくわたふとんが復活します。
最近木綿ふとんが世の中で見直されてきています。私たちの下着やシャツそしてタオルは今でも木綿がダントツで使われています。また皮膚アレルギーの方には木綿手袋などがいいといわれています。木綿は自然の恵みから出来たものなのでカラダに悪いはずがありません。木綿ふとんだけが「重い」「干すのが面倒」「冷たい」などのイメージのせいで居場所がどんどんなくなりました。しかし木綿ふとんはまた必ずイメージを変えれば戻ると思います。そうです木綿の「かさ」のように回復するはずです。

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左が市販されている高級クラスの米綿、右がおたふくわたオリジナルの綿です。
かさの高さに違いがあるのが分かります(重さはほぼ同じです)

次回はいよいよ「おたふくわた」の復活について書きます

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年6月に執筆されたものです

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31.ホームページのアンケートで気がついた木綿ふとんへの注目度

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現在弊社のホームページにある懸賞アンケートですが、実は立ち上げ当初はあまり回答なんて来ないだろうなと期待せずに作っていました。ところが口コミやインターネットでのサーチエンジンのおかげで徐々にホームページのアクセスも増えてそのおけがで今では毎日皆さんから必ずアンケートが来るようになりました。
現在は寝具を販売していない弊社がこういった寝具に関するアンケートを取っている意味が分からなかったようなのですが皆さん真剣にホームページを読んで下さっているようで 「寝具復活頑張ってください」、「木綿ふとんで寝てみたくなりました」などの励ましの声が多くなってきました。本当にありがたいものです。
ところでこのホームページのアンケートを取っていた事で分かったのですが実は10代、20代などの若い人たちでも「木綿ふとん」と言う言葉や「打ち直し」という言葉を知っているのです。これは私にとっては驚きでした。寝具業界の統計資料などを見るとこのような世代は現在圧倒的に羽毛ふとんや羊毛ふとんなどを利用しているので木綿ふとんなどあまり見かけてないはずなのにと思っていました。しかしアンケートを調べているうちにこのような世代も木綿ふとんで寝たことがあるというのがいくつかありました。実家や幼少の頃に木綿ふとんで寝ていたのだと思います。また両親が今でも使用しているというような意見もありました。ではこのような世代が木綿ふとんが嫌になっていったのかというとそうでもないのです。というのは木綿ふとんに対するイメージという質問に対して「日に干して取り込んだお布団の中でのうたた寝は最高」とか「ちよっと重たいかな。だけどその重さがすきです」などの意見が多くあったのです。メールでの問い合わせなども照らし合わせるとこれは購入できる場所が減っている事が考えられます。またお店に行けばご自分で木綿ふとんを作っている方が減っていたり、メーカーとの関係などから羽毛ふとんが多いなどの理由があると思います。
私はこのアンケートを見て「木綿ふとんも良い品質のものならきっと売れるはずだ」と確信しました。一切他のものを混ぜないで綿だけで作る。江戸時代から作られてきたこのスタイルをもう一度私はやろうと思います。動物アレルギーの人、そして綿の匂いが好きな人などアンケートで多く答えてくれました。確かに木綿ふとんに対するイメージで「重たい」「冷たい」の意見もありました。これが圧倒的に多ければ私は綿ふとんを売ることを考え直そうと思っていたのです。こちらが夢見て作っても消費者が振り向かなければそれはただの自己満足で終わってしまいます。ですがこの多くのアンケートの中でも木綿ふとんに対する好感が決して少なくなかったことで私は木綿ふとんに絶対の自信を持ちました。
そして先日寝具業界紙で有名な「寝装リビングタイムス」には「木綿ふとんが近年自然志向の高まりとともに綿ふとんの良さを見直す動きが見られる」と書いてありました。 本当はすぐにでも売りたいのですが(笑)やはり一度やめている事業ですのでここは慎重にいこうとは思います。皆さんにきちんと発表できるようにするまであと少し時間がかかりそうですが宜しくお願いします。

次回は竹田製綿さんへ綿作りへのお願いで再訪問した事について書きます。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年5月に執筆されたものです

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30.野原氏と作るおたふくわた

不況の影響は寝具業界にも直撃しています。かつては人気商品であった羽毛ふとんも国内での普及率は100%近くになってしまい、多機能寝具も各企業とも企画を立てて色々と頑張っていますが革新的なものはあまり見当たりません。企業のトップ達は「これから何を売っていいのだろうか」と悩んでいるのが現実です。
弊社が寝具業をやめてから6年になります。木綿ふとんをもう一度売りたいと考えるのは確かに時代の逆を行っているのかもしれません。それでも私はかつて日本中が使っていたシンプルな寝具である「わた」にこだわっています。こんなに優しい天然繊維はないと思っています。私がお世話になっている野原氏もそう考えています。氏は会うたびに「羽毛ふとんは確かに軽いですし便利です。でも木綿の良さにはかなわないと思います。私はね木綿が元々好きな人は更に大事にしていきますが羽毛しか知らない人たちに木綿を教えてあげたいんです。振り向かせたいんです」と話されます。
野原氏は父親の後を継いで30年近く経ちますがお店も順調に経営されていて、また今でも木綿ふとんの注文が多いのには本当に頭が上がりません。
野原氏はお客様を大事にされそして親身になって話をします。「どうやって寝ていらっしゃるのですか」「持病は何かありますか」と寝具を買いにくるお客様のソリューション活動を懸命に行っています。そして個人の環境や体型に合わせた木綿ふとんを作ります。「フローリングのお客様もいれば畳のお客様もいます。同じ木綿でも入れ方や量が変わるのは当然です」と氏は言います。そして「一番大事なのは購入前ではなくて購入後です。アフターケアをしなければお客様は離れていきます。目安が分かるように打ち直しの時期をラベルに貼ることや。購入後の綿の調節や睡眠の悩みなどを聞いたりしています。でもおかげさまで木綿ふとんに関するクレームはこの30年で1、2件ぐらいしかありません。クレームといっても大げさなものではなく綿の入れ方や打ち直しで解決していますが」 と氏は自信に満ちた顔で話されました。 私は自分がふとんを売るとき考えていたスタイルが野原氏に共通していることや氏が作った木綿ふとんは本当に素晴らしいものであることを考えると関東では野原氏が自分にとって一番理想的な職人さんであるように思っています。また野原氏は「わた」の研究や普及に対するモチベーションが非常に高いことが私の心に響いてきます。この辺りは名古屋の丹羽氏と共通している部分ではないかと思いました。現に丹羽氏は以前「関東でふとんを作ってもらうなら野原氏が一番いいです」と話していました。技術が素晴らしいというだけでなく、綿に対する愛着心、そして寝具に対する研究熱心さ、業界を活性化させていこうという向上心などが丹羽氏にも伝わっていたのだと思います。
私はおたふくわたの木綿ふとんを野原氏に作ってもらおうと考えています。前回も書きましたが弊社はかつてのように工場や大量の職人さんを雇う体力もないしまたそれをあえてしようとは思いません。天保時代の創業のように私だけで小さいふとん屋さんみたいな形で復活しようと思います。ただ、売る以上は最高の綿を最高の職人さんで作っていただいて、そしてお客様に親身になって対応していくスタイルで復活しようと思います。だから私は野原氏に「おたふくわた」のふとんを協力してもらいたいと思っています。 綿に対する愛情が深い人で作るふとんは絶対に違いがあります。

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左が野原氏、右が私です。
野原氏におたふくわたのふとん復活を
手伝ってもらいたいと思っています。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年5月に執筆されたものです

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29.おたふくわたへの思い、そして復活への思い

昨年から「おたふくわた」を復活させたいという思いから各地をあちこちと動き回りましたが、ここまで来れたのは皆様のご協力あってのものだと思います。全く綿やふとんとは縁のなかったスタートでしたので多くの職人さんや経営者の皆さんそして関係者の皆さんと出会えたことは励みにもなりそして復活への大きな足がかりになりました。
弊社が寝具業から撤退して今年で6年目になろうとしています。
当時私は大学生でしたが小さい頃から亡き父がふとんや綿の仕事をしていたことをなんとなく覚えていたので、この会社に入った時それらがなくなっていたのを見て寂しい気持ちはありました。あちこちとふとん屋さんやデパートに行くと綿ふとんはほとんど消えて羽毛・羊毛という商品が店頭に並んでいました。木綿ふとんを否定しているデパートの店員さんの話に矛盾を感じて自分自身でその事実を調べてみようと決意したのがこのコラムを始めたきっかけでもあり「おたふくわた」復活への思いが強くなった始まりでもありました。
先日ある新聞で羽毛や羊毛の試買テストの結果、なんと半数以上が品質表示の内容と実際の中身が違うというニュースが出ていました。(特に羽毛ふとんの試買テストは17点中10点が表示に問題があったそうです)木綿ふとんに代わる新しいふとんとして注目されてきた羽毛・羊毛ふとんもこういった問題のせいで売れ行きが下がってしまうことは業界全体で考えると非常に残念なことです。消費者は更に寝具にアレルギーまた機能や品質について詳しくなり賢くなってきていますので業界全体も更に努力をしていかないと全ての寝具が疑われてしまうのではないでしょうか。
私は木綿ふとんの長所や欠点を色々学びました。きちんと手入れしないと、質の悪い木綿だといわゆる「せんべいふとん」になりやすいなど欠点もありますが何より太陽や温かい風の中で干すと回復性がある、吸水性がある、静電気を起こしにくい、動物アレルギーの人には肌に優しい、清潔感がある、木綿のあの匂いが心地いいなど長所のほうが多くあります。こういった考えから私は小さいスタートで自分の理想の木綿ふとんを作ろうと思いました。神奈川でふとん屋さんを営んでいる野原氏に頼み手作りのおふとんを作ってもらい自分や仲間に渡して寝てもらいましたが本当に軽くてそして程よい重さに満足しています。また日干しした後の回復性はなんともいえません。
アンケートやメールを読んでいると確かに圧倒的に「羽毛ふとんは軽くて温かい!」という内容が多いのですが中には「羽毛のかさかさという音がいやだ」「軽すぎて嫌だ」「匂いが嫌だ」という内容や「木綿のあの重さが安心感がある」「なんだかふるさとの事を思い出す」など嬉しい内容のものもあります。こういった意見を見ると「まだ木綿ふとんを必要としている人はいる」と思い「ゼロにならないなら売ってみようか」という気持ちになりました。昔より軽い木綿ふとん・・そして何よりいい綿で丁寧に作ることできっと最高のふとんが作れるのではないかと思います。ある若い女性の方から「木綿ふとんならおたふくわたが最高だとうちのおばあちゃんが話していました」と涙が出るようなメールが来ていました。もう一度そういうふとんを作りたい。天保の創業時のように「小さいスタート」から始めたいと私は決意しました。
今の時代の逆を行くような「木綿の復活」。私はこれにあえて挑戦しようと思っています。
次回は野原氏との再会について書きたいと思います。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年4月に執筆されたものです

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28.個性的なものを作りたい和田哲さんにデザインについて相談したこと・・・

突然ですが皆さんはふとん地のデザインについてどう思いますか。先日アンケートを行ったところ意外にも「花柄」が根強い人気でした。
意外にも・・というのは私自身はどうしてもこのふとん柄の花柄が気になって仕方ありませんでした。カバーには最近多くの個性的な柄が出ていますが木綿ふとん地はあいかわらず花柄調が圧倒的に多いからです。
確かに素敵な模様もありますがどのメーカーも似たような花柄ですし、特に木綿ふとんの側地の花柄は若い人にはあまり人気がないと聞きます。私はもしおたふくわたふとんを作るならば花柄は避けようと思っています。ただ無地柄も最近は出ているのでここは少し頭をフル回転してデザインについて色々勉強しようと思いました。 昨年、和田哲株式会社の和田亮介会長様と出会ってから和田哲さんにデザインや側地について色々相談させていただくようになりました。デザインを担当している青木氏には特にデザインの相談などでしょっちゅう電話をしたりメールをしたり時には大阪に行ったりなどして相談をさせていただいています。当初私は景色などの写真っぽい側地はどうか考えていました。しかし青木氏は首を縦にふりませんでした。「きれいに写らないと思いますし、プリント方法が難しいと思います。どうでしょうかね」私は青木氏と机上のデザインサンプルを見ながら長い時間相談していました。青木氏は私がおたふくわたの復活を正式に決めていないにも関わらずなんと丁寧に花柄、紋調、ストライプ、チェックなど色々なデザインを私のためにサンプル集を作ってくれました。皆さんにお見せしたい美しいものも数多くありました。
後日私はあるデザインを思い付きそれを青木氏に送りました。完成はしていませんが5月にはきっとデザインのサンプルは出来上がっていると思います。
「原田さんの考えていることはあまり寝具業界では考えていなかったデザインですからこちらとしても色々トライしてみます。だから原田さんも賭けの覚悟で来てください。こういったデザインはあまりふとんとして出したことがないので消費者がまっぷたつに好みが分けられると思います。」私は俄然やる気が出てきました。
そういえば私の妻も以前「特に女性などはカーテンなどのバランスとかを考えてカバーやふとんを買う」と話していました。ふとん地もカバーの中に入ってしまうとはいえデザインはやはりキーポイントになります。
実は私は学生時代に卒業論文で寝具業界のマーケティングについて書いたのですが、調査の為におふとん屋さんを廻ったことがあるのですが「おたふくわたはねえふとんは凄い気持ちがいいんだけれどもデザインが良くないんだよね」と苦笑されたのを良く覚えています。当時の社史やカタログを見るとカバーや羽毛ふとんの側地は今もおふとん屋さんで置いているようなものもあり、そんなに言われる程と思っていました。むしろ今人気があるペイズリー柄などもありました。「時代を読むのが早過ぎたのかな」などと自己弁護していたのですが、木綿ふとんの側地は確かに当時でも古臭いのではと思う柄が多かったのを覚えています。
私は青木氏に何度も話しました。「おたふくわたは多分一回も花を使わないと思います。すでに他社がきれいな花柄を使っていますし、ふとんを復活させたら、もはやうちも後発になります。だから今から花柄を出すことはないと思います。」
青木氏は「分かりました。原田さんのコンセプトに近いもの出すように努力します。こちらも会社の名前もあるので変なものは出せませんからね(笑)」と青木氏も真剣な目つきで私に話しました。デザインの発表は私がいつかふとんを発売する時があった時に分かると思います。最高の綿で、そして皆さんがよく寝られるような綿の入れ方を工夫し、派手すぎず地味すぎずの柄でいいものを作ろうと思います。おたふくわたを復活させる気持ちが強くそしてその実現が近いと思います。

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青木氏は色々なデザインを作ってくれました。
写真はサンプルの一部です

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年3月に執筆されたものです

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27.木綿を愛する商社マンメルクロス株式会社の鳥居氏

メルクロス株式会社は日本橋に本社があり主に食品、リビング品、工芸品などを扱う有名商社です。その中で寝装品を中心とした卸業を行うリビングユニットというグループがあるのですが、その中で綿の輸入などを担当している鳥居正明氏とは以前、知人の紹介で一度食事をしたことがありました。鳥居氏は気さくで優しいだけでなく面白い話や体験談を沢山される方なのです。また再会したいと思っていた私は先日、日本橋のメルクロス本社にお邪魔することにしました。鳥居氏は応接室に入るなり「元気でしたか?あの時食べた大根サラダはおいしかったですね(笑)」といきなり言い出したので私は思わず笑ってしまいました。

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メルクロス株式会社の鳥居氏です

鳥居氏は仕事で度々綿の原産地であるインドへ行っています。昨年秋にも行かれたそうです。私もいつかはインドへ行きたいと思っているので、私は興味深く話を聞きました。 「インドはアメリカみたいに企業が広大な畑を持っているのではなく日本の農家のように個人が畑を管理して綿を作っているんです。だからその綿を取りまとめる仲買人がいるのですが、この仲買人というのはその地区では絶大な力を持つボスなんです。農家から集めた綿を今度は輸出担当の会社に売るんですよ。だから日本の農家のシステムと非常に似ています」と話をしながらガンジーのようなその仲買人の写真を見せてくれました。 畑から綿を取り出したり、袋に入れる女性達は皆、青、赤、黄色などのショールみたいな布を頭からすっぽりかぶり民族衣装のようなドレスを着て作業をしています。 「この衣装がくせものなんですよ。この布がほつれて綿の中に青や赤の色がついた糸がたまに入って来るんですよ。綿が白いから尚更目立つじゃないですか。だから日本に着いたらその糸を取り除くのが大変なんです。だから一度Tシャツ、ズボンのような普段着でやってくれないかと話したらインドではこれが普段着だと一蹴されたんですよ(苦笑)」と話されました。確かに写真を見るとカラフルな衣装を着て作業をしています。彼女達はカメラに向かって実に楽しそうな顔で作業をしていたのが印象的でした。「カメラがめずらしいからでしょう。けれどよく安い賃金であそこまで働きますよ。実に一生懸命働きます」しかし綿の発祥の地とも言われるインドでは深刻な問題が起きています。 「最盛期には32万俵ぐらい綿が入ってきたのですが今では2万俵ぐらいしか入ってきません。日本では敷ふとんとして使われていたインド綿ですが、木綿ふとんの需要などが減ってきたのも原因でしょうね。インドではそもそも綿を作る農家が減ってきたんです。それはなぜかというと灌漑用水が広がって色々な農家で食物を作れるようになりました。彼らは綿よりも食物のほうが早く収入を手に入れられるので綿の生産は自然に減ってしまいました。」と少しさびしそうな顔をしながら話されました。 私は最高級のインド綿は本当にコシがあって肌さわりも良く、敷きふとんとしては最高の繊維だと思います。木綿ふとんの需要は減っているとはいえ今でも木綿ふとんは通信販売などで好調な売れ行きを示しています。

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こんな綿花みたことありますか。
インドでは最高級といわれるメガライの綿です。

インドでは過剰に農薬を撒くとか枯葉剤を使うことはしないので、オーガニックコットンに近い状態なのではないかと思いました。鳥居氏はうなづきながら「そうなんですけどね彼らにはそういった表示などは興味がないしあまり詳しくは知らないんですよ」と答えてくれました。 「でもメガライ州やアッサム州などの綿には最高のものが沢山ありますよ。原田さんはもっとこの辺りの綿を調べて、人に説明が出来るぐらい勉強したらこの綿で寝てみたいと思う消費者は沢山出てきますよ。」と話してくれました。 普通皆さんが見る綿花と違ってこの辺りの一部でしか取れない最高の綿花があります。 画像を見ると分かりますがぶどうのようにひとつの花にいくつもの種がくっついた不思議な綿花です。そしてこの綿は一つ一つがコシがあって弾力性があります。 このコラムでは書ききれないくらい鳥居氏はビジネスとしてだけではなく木綿が本当に魅力的だという知識を沢山持っています。氏がおっしゃった通り、このすばらしい綿をいかにうまく人に伝えられるのかが私の今後商品を売るための課題だと思います。
次回は和田哲さんとデザインを作った話について書きたいと思います。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年3月に執筆されたものです

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26.夢の対談が急遽実現!!名古屋の丹羽氏と東京の亀川氏の木綿対談

前回のコラムを書いている時点では正直言って実現できるかどうか分からなかったのですが、丹羽氏から技能士関係の仕事で正式に東京に来られる日にちを聞き、その先はとんとん拍子で決まりました。 ここのコラムではおなじみの名古屋の丹羽氏と、羽毛に頼っている寝具業界に一石を投じて話題になり以前コラムでも紹介させていただいた亀川氏の初対談がついに先日実現しました。初めての方には分かりにくいとは思いますがこの対談は夢の対談といっても過言ではないのです・・。丹羽氏には私だけではなく多くの寝具関係の方から「東京に木綿にこだわっている亀川氏というのがいるから一度会ったほうがいい」と以前から話があったのに対し、亀川氏も「業界の噂ですごい木綿にこだわっている職人が名古屋にいると聞いていた」と話していたので何とか対談が実現してほしいと考えていました。私はこの架け橋になればと思い、以前から丹羽氏と亀川氏に相談し、丹羽氏が仕事で東京に来られると聞き対談が実現しました。 丹羽氏と亀川氏の対談が実現しました。

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丹羽氏と亀川氏の対談が実現しました

対談の場所は東京・神田小川町で丹羽氏が上京時に必ず立ち寄る「TEORIYA」というテキスタイルショップの店主である多田さんの協力で行われました。 最初は木綿の良さについての話や、亀川氏が発言した睡眠環境フォーラムでのパネルディスカッションの話などをしていました。話は徐々に熱くなりはじめ、亀川氏は自らが実験した寝床内気候の話や関東での木綿の作り方について熱く話をされました。一方丹羽氏は先日自身のホームページにも書いていますが公的機関などの協力で保温性の実験を行い木綿ふとんが保温性が一番高いというデータについて話をされました。
羽毛ふとんは寝床内温度が高く体に負担がかかるという亀川氏の話と丹羽氏が行った木綿ふとんの実験では熱が外にでにくいため保温があるという主張とは矛盾しますが、これは実験の方法や条件が明らかに違うのでこの件に対して結論は出せないままで終わりました。しかしアンケートの回答などでも羽毛ふとんは確かに熱くて蒸すと感じる人もいるのと木綿ふとんは最初は冷たいが徐々に暖かくなってくるということも消費者の声や実際のデータで出ています。木綿はふとん全体から熱が徐々に出て行くのに対し、羽毛はセンター部分から徐々に熱が出て行く、また湿度の条件や体感温度なども人それぞれ感じ方が違ってくるなど条件を統一させないと難しいという理由でこの議論は途中で終わりました。この実験については私自身が莫大な費用をかけて施設を借りて実験を行います!といいたいところですが・・・そういうわけにもいかないので、実験用の温度計を購入し私自身も試してみようと思います。

丹羽氏は自ら海外へまわり各国のふとん屋さんや職人さんを撮ってきた写真を亀川氏に見せていました。(しかし丹羽氏の訪問数は並みではないです・・)亀川氏も丹羽氏の行動力や研究熱心さに驚いていました。
また関西と関東とでは昔から木綿の使う種類が分かれるという話も聞きました。
関東ではコシのあるインド綿、関西では軽い米綿、メキシコ綿が好まれるといいます。
どうしてこんなに分かれるのかは疑問ですが地域の性格も大きく影響していると思います。
時間の都合もあり丹羽氏と亀川氏の対談は2時間ほどで終了しましたがそれぞれまだまだ木綿について熱く語りたいといった感じでした。 しかしここで残念なことがあるのですが、亀川氏は年齢的なことから今月でお店を閉めてしまいます。氏は店を閉めた後もできる限り色々な場所で木綿ふとんについて話をしていきたいと考えています。木綿ふとんにはまだまだ沢山の魅力がありそれを多くの人に伝えていきたいという気持ちは丹羽氏と共通している部分です。
丹羽氏はこれからも綿について更に研究を進めていくことを話していました。丹羽氏のような方でもまだまだ木綿には数多くの魅力が隠されていると感じています。私はこうしてすばらしいプロフェッショナルの姿を見てさらに木綿ふとんについて自らも研究を進めていかないといけないと考えました。木綿ふとんは通販などでもまだまだ好調な売れ行きを見せているといいます。羽毛・羊毛・機能ふとんやいろいろな性能のふとんが出ている中、木綿ふとんはまだ根強い人気があります。ではどうして「木綿」なのか・・そこをいかに消費者に説明できるかが私自身のテーマでもあります。この対談はプロならではの熱い談話が聞けました。まだまだ私のようなレベルではこの対談に参加できる資格はありませんが、木綿に対する熱い情熱は私たちの世代が引き継いでいかなければいけないと思いました。
次回は綿商社としても有名なメルクロスの鳥居氏について書きたいと思います。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年2月に執筆されたものです

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