2.「催事が教えてくれた大事な事」~その1~

物産展でふとんを販売することは不安だった。
それは昨年の冬、東武宇都宮百貨店のバイヤーである酒見氏の「お時間があればお会いしたいのですが」という丁寧な口調で当社に電話を頂いたのが始まりだった。有名百貨店の商談は嬉しいものだが、同時に、どういう形での販売になるのかもに気になった。
当日、酒見氏が岩田屋でのおたふくわたの販売が好調なことを関係者から聞いて当社に興味を持ってくださったといういきさつを聞いた。そして酒見氏から出た企画は意外なものだった。「九州物産展という催事があるのですが、そこに出展してはいかがですか」物産展・・・東武百貨店では北海道と並ぶ人気の催事で、今回で26回目の開催になるという。

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大変ありがたい話だったが僕は相当悩んだ。今までイベント毎にふとんの売れ行きが好調だったのは、それらは「眠り」という空間で行われたことが成功の要因だったからだ。例えば岩田屋での2度のイベントはいずれも「寝具売場」での開催。つまり来場してくださったお客はほとんどが「眠り」に興味を持って足を運んでくれた人たちだ。そこには綿の懐かしさ、根強い人気、おたふくわたブランドへの愛着、健康への関心・・・これらの要素もあったかもしれないが、それはあくまで「眠り」という土台があったからこそ、成功したのだ。
だが今回は違う。「物産展」という別世界だ。「眠り」の目的ではないお客が主体になる。僕らは今までいた空間から飛び出し荷物一つもって全くの異国の地で商売をすることになるのだ。物産展のメインは食料、惣菜が多い、それにふとんよりも代表的な伝統品、土産が沢山ある。ふとんはここで浮きはしないか・・・せっかく好調な売れ行きを示しているのにこの催事で大失敗になったら社員の士気が下がらないか。そして僕の「自信」も揺らがないか。そう考えた。
酒見氏の「いかにお客を感動させるかが大事なんですよ」この一言が決め手だった。
それと、おたふくわたは博多創業ではあるが「九州物産」と呼んでいいのかも悩んだ。活動の中心は東京だし中綿も外国の最高級である。仕立ても神奈川の野原さんだし、製品自体には福岡とは少し距離がないのか悩んだ。僕はこれらの不安を酒見氏に正直にぶつけた。でも心の中ではやはりこのイベントに挑みたいという本音もあった。だから僕は最後に「バイヤー、おたふくわたは博多の魂が入っているんです」と声を大にして言った。
目をつぶって考え込む酒見氏を見てもしかすると「今回はやめておきましょう」と回答してくるかもしれないと予感した。
しばらくすると酒見氏は目を開けて「原田さんとお会いして分かりました。 原田さんが感じる情熱、魂を見て、おたふくわたは物産展に出していいものだと確信しました。売れるとか売れないは今回は大事じゃないんです。物産展はどれだけお客様に感動してもらえるかが大事です」酒見氏のセリフには涙が出そうになった。こんなドラマのような台詞を言われたら、やってみようという気になる。と同時に酒見氏はやはり商売のプロであると感心した。
商売をしていると良く「百貨店は条件もきつくて、売れないとすぐ撤去させられる。冷たい人間の集団だ」と聞くが僕が出会った数多く百貨店の人にはあまりこういう人はいない。いやむしろ、そういう温かい人間がいま百貨店の主役になっているのかもしれない。
さあいよいよ催事だ。どんな結果が出るか何だか楽しみになってきた。
次回は東武百貨店での催事は僕にとって最高の学校だった!~その2~をお送りします!

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2006年4月に執筆されたものです

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2.日本全国にそして木綿ふとんを知らないヨーロッパに・・・。 夢はとにかく大きく持ち続ける。

日本全国にそして木綿ふとんを知らないヨーロッパに・・・
夢はとにかく大きく持ち続ける。

おたふくわたが木綿ふとんの販売を開始してから1週間が経った。
私はせっかちな性分なので目に見える成果がすぐに出ないとあせってしまう傾向があるが最近は、大手の寝具メーカーや訪問販売を主体とする会社のように成果主義の会社ではないのであせらずゆっくりやろうという気持ちに切り替えた。大体木綿ふとんが「販売開始からわずかで完売!」・・という状況なんてあり得ないし、もしあったらそれは逆に恐怖心に変わってしまう。そうはいっても何社か記事として載せていただき、ホームページのアクセスも予想より多く、復活記念として掲げた「モニター募集」もかなりの人数から申し込みがありスタートにしては順調な反響だったと考えている。青山の会社の前に20部近く置いてあるパンフレットも毎日3部~5部は減っているので小さい規模ではあるが、一日5部と考えて一ヶ月150人が「おたふくわた」という名前を知ってくれると考えると決してバカにはできない。

 
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とにかく木綿ふとんも百聞は一見に如かずで見てもらうとその良さを分かってもらえる。私は購入者から「木綿はやっぱり気持ちがいい」と言われると涙が出るほど嬉しくなる。何度もいうがそれぐらい自信を持って薦められる。
ビジネスマンの交流会や勉強会に参加する事があるが有名会社の社長や役員の方々とたまに名刺交換した後、木綿ふとんの話をすると社交辞令かもしれないが懐かしさを思い、仕事とは違う柔和な顔に変わる人もいる。「木綿」という響きはそれぐらいの力を持っている。だからこそ温かい気持ちを持った人には木綿のふとんに寝てもらいたいと思う。
逆に若い人はやはり「木綿ふとん」という言葉にピンと来ていない。はじめは「何か変な商売をしている人かな?」なんて思われる。「おたふくわた」なんてほとんど知らない。しかしアレルギーの人やぜんそくを持つ人などは徐々に興味を持ってくれる。
「あなたの下着は木綿ですよね?いま着ていらっしゃるシャツも木綿なんですよ。その素を使っているふとんなんですよ。ただそれだけなんです。何も加工していません。」というと納得してくれる。「羽毛ふとんは軽いですよね。でも何か少し重い感覚のほうが寝やすいんです」なんて木綿を知らない人がこういう話をしてきたら嬉しくして仕方がない。
昔は実家では木綿ふとんで寝ていたことを体が覚えているのだろう。
私はビジネスでいえば当然「木綿ふとん」の売上を気にしてしまう。しかしそれとは違う重要な部分がある。とにかく人々に「木綿ふとん」という言葉とおたふくわた」を知ってもらう事だと考える。アジア諸国や一部のヨーロッパ以外ではほとんど木綿ふとんは知られていない。悲惨といっても過言ではない寝具を使っている国もある。そういう国にも「MOMEN」そして「OTAFUKUWATA」を知ってもらいたい。だからまず日本中が木綿ふとんを好きになってくれる夢からはじめたい。綿の栽培と同じようにゆっくり育てて大きくきれいに開かせたい。だから時間をかけていこうと思う。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年8月に執筆されたものです

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2.「もめん」~ふとんとわたの歴史~

現在では「ふとん」という言葉が当たり前のように使われていますが今のような四角の敷きふとん、掛けふとんというスタイルは歴史としてはそんなに古くありません。しかも木綿などがふとんとして使われるようになったのは江戸時代からなのです。 歴史をお話する前にまず「布団」と「蒲団」の違いをご存知ですか、もともとは水辺に生える蒲穂の茎を使って作った円座(座禅用)を意味していたという説と蒲団の団の字が元々は團という字を使っていたのですがこの團という字は「色々なものを集めて丸くした」という意味をもっているので実は茎ではなく先端のふわふわした部分を指しているのではないかなど色々説があります。しかしいずれにせよ蒲団というのが最初に使われて、「布団」というのは麻布(あさぬの)の布を取った当て字といわれています。

人類が織物というものを発明したのは約1万年前の新石器時代の頃です。この頃の生地や原料は色々説がありますがやはり獣皮などが主だったようです。綿でいうとインドが今から5000年以上前にすでに綿織機を使っていたといわれます。 日本では綿よりも絹の方が歴史的に古く、中国の特産品である絹を西アジアやヨーロッパに広めたいわゆるシルクロードを経て日本にも入ってきたと思われます。「魏志倭人伝」には「桑を植え蚕をかい絹をつむぎ」というような内容のことが書かれています。この卑弥呼時代にはすでに絹織りの技術が取り入れられていました。この頃からすでに絹は貴重なものであったため、庶民は麻布(あさぬの)で作った布などを着て生活していたので冬になると寒さによる死者が相当多かったといわれています。

民俗学者で有名な柳田国男氏が書いた『木綿以前の事』(1939年)という本の中では昔の人は天然に対する抵抗力が強かったので素肌に麻を着て厳寒を過ごしていたと書かれている通りこの頃の衣類は獣皮や麻などをほぐしたものを中に入れて使っていました。この頃にはまだ木綿というものは存在していなく「わた」といえばまだ絹の事を指していたのです。日本に綿が入ってきたのは延暦18年(799年)夏に一人の崑崙人(こんろんじん) と云う褐色の肌をした若者(インド人説)が三河国(愛知県)に綿の種を持って漂着したのが最初です。「日本後記」には漂着の様子が細かく書かれています。 崑崙人はその後 当地の寺に住居して綿花の栽培を村人に教え、やがて勅令によって紀伊、淡路、伊予、土佐、讃岐、大宰府などの土地に蒔いたといわれています。今の愛知県西尾市天竹村には彼を奉る天竹神社があります(この神社には私も行きましたので後日記載します)。しかし綿の栽培方法は決して簡単なものではないので一時期は衰退していきます。それでも中には細々と栽培を続けていたところもあり、たとえば三河地方産は後に知多木綿として発達しました。

綿が再来したのは16世紀中期の天文時代あたりです。この頃の綿は国内栽培ではなくいわゆる中国や韓国からの輸入が主でした。この頃から朝鮮半島からの輸入が活発になり、やがて中国からも輸入が行われ栽培が再び各地に広まりました。さて綿が蒲団にどのように使われていくようになったかというと室町時代にはまだ綿を使った寝具はありませんが身分によって違いはあるにせよ畳をひいて着物で寝るような姿が通常になってきました。そして安土桃山時代になると「夜着(よぎ)」が登場したといわれます。若い方は知らないと思いますが夜着というのは今で言う掛け蒲団にあたるものです。形は、着物に近くて衿や袖があります。この中に綿をいれたのがわたふとんとしてのデビューです。それを寝るときに身体の上に掛けていたのです。ちなみにこの頃蒲団といえば、敷蒲団のことを指していました。夜着は今でもふとん屋さんなどで売っているかいまきに似ています。

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話が少しそれますが遊女が使っていた敷蒲団の枚数で遊女の格が決まっていたと言われます。資料などを見ると確かに格の上の遊女は3枚ぐらい敷いていました。 しかし、この頃はまだ綿はかなりの贅沢品であったため貧困の人たちは藁や莚で寝ていました。夜着が徐々に四角い掛け蒲団に変わるのは江戸時代の中期頃といわれています。前述の通り江戸時代の初期は蒲団というのはまだ敷蒲団のことを指していました。しかし江戸時代の中期に松尾芭蕉の弟子である服部嵐雪が京都の東山について 「ふとん着て ねたる姿や 東山」という俳句を詠んでいます。つまり敷蒲団をかけたような山という意味なのですがこういう表現を使っているということは、このあたりからふとんを着る文化つまり四角い掛蒲団も出現しはじめていたのではないかと思われます。この頃はまだ綿ふとんというのは贅沢品であり明治時代になってもごく一部の庶民しか使えませんでした。この頃の庶民はまだむしろ、夜ぶすま(草などをつめたもの)、麻袋や紙のふすまなどを使っていたのです。いずれにせよ「木綿」が登場したことによって寝具だけでなく衣類にも大きな変化が訪れたことだけは間違いありません。次回はおたふくわたの歴史を書きたいと思います。
写真:夜着(京都風俗博物館所蔵)

(参考文献) 武部善人『綿と木綿の歴史』(御茶ノ水書房)、大蔵永常『綿圃要務』(『日本農業全書15』(農山漁村文化協会))、丹羽正行「木綿の歴史と綿打ちについて」(『知多もめん』(知多市歴史民俗博物館))、柳田國男『木綿以前の事』(創元社)

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2001年9月に執筆されたものです

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おたふくわたが新しくなりました!

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おたふくわたのウェブサイトが新しくなりました。

変わったのはサイトのデザインだけではありません。商品のラインナップも一新しました。ブランドとして、おたふくわたは新しいステージに進みたいと思います。

今回のリニューアルにあたって、おたふくわたのものづくりの根っこにあった、「ナチュラルコットン(=天然のわた)」にこだわり、日本の伝統を継承する職人の技術をつかって、皆さんの「心地よいくらし」に貢献することを、ブランドの真ん中に据えることにしました。

商品やこれからすこしずつアップしていくコラムなどを通じて、変わっていくおたふくわたと変わらずに大切にしていくわたとくらしへの思いとを感じていただけたら幸いです。

新しいおたふくわた、どうぞゆっくりと見守ってください。

ふとん・座ふとんを買ったら〜心地よく使うためのお手入れのポイント

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おたふくわたのふとん・座ふとんは、一点一点、職人が心を込めておつくりしています。
シリーズタイトルの「打ち直し」のお話に入る前に、まずは日頃のお手入れのお話を。
心地よくお使いいただくために、次のようなお手入れをしていただくことをおすすめしています。
どうぞ日常づかいのご参考になさってください。

1 お使いになる前に

商品が届いたら、まずは一度、日に干してからお使いください。
梱包によって商品がつぶれたりシワがついたりしていることがありますが、
天日干し(日に当てて干すこと)によってかさが戻りふっくらとします。
これは、中綿がたくさんの空気を含んでふくらむことで、
ふとん・座ふとんに張りが出てシワがのびるためです。
なお、まれにふとん袋のにおいが移っていることがありますが、
天日干ししていただくことでそのにおいも取れます。

2 干し方について

清潔にできるだけながく心地よくお使いいただくために、
できるだけ週に1〜2度ほど、天日干ししてください。
天日干しに最適な時間帯は、湿気のすくない午前10時~午後3時頃です。
全体が日に当たるように、両面を干してください。
片面を2時間ずつが目安です。
天日干しした後は、かるく掃除機をかけていただくと、
表面についたほこりや花粉なども吸い取ることができます。
天日干しが難しい場合は、ふとん乾燥機をお使いいただいてもかまいません。

意外と勘違いされているのは、ふとん叩きで強く叩くことは控えたほうがよいということ。
側生地や中綿を傷めることがありますし、繊維の奥に入ったアレルギー物質が表面に出てきて
かえってからだに悪い影響を与えることもあるのです。
ふとん叩きは軽めにおさえて、天日干し後に掃除機で吸い取ってあげるのが
ふとんそのものも傷めずに、心地よくお使いいただくポイントです。
また、側生地の色落ち・傷みを防ぐためには、
ふとんカバーをつけたまま干していただくのもおすすめです。

3 洗い方について

側生地が部分的に汚れた場合は、つまみ洗いをして十分に乾燥させてください。
どうしても汚れが気になる場合は、ふとん専門店またはクリーニング専門店にご依頼ください。

4 収納と保管の仕方について

湿気の少ない通気性のよい場所で保管してください。
わたという素材は吸湿性にすぐれているため、
湿気の多い場所ではその水分を吸ってしまうのです。
しばらくお使いにならない場合は、日に当てて干して十分乾燥させてから、
湿気のすくない場所でカバーをはずして保管してください。
また、ダニやカビを防ぐために、使わない間でも、
ときどきは天日干しをして乾燥させるのがながく心地よくお使いいただくためのポイントです。

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赤ちゃんや子どもにわたのふとんが良い3つの理由

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「産まれたての赤ちゃんには、木綿の肌着とふとんを用意してください」
いまでも助産師さんはもちろん、産婦人科や小児科の先生たちも共通してこう語ります。
以前は、赤ちゃんはみんな、わたのおむつを巻き、わたの産着を着て、
わたのおくるみにくるまり、わたのふとんで寝ていました。
それにはきちんと裏付けのあるこんな理由があったのです。

1 すぐれた吸水性が快適さを保ちます

たくさんの汗をかき、肌も敏感な赤ちゃんや子どもたちには、
天然素材であるコットン(=わた)のふとんがおすすめです。
赤ちゃんや子どもは大人の2〜3倍もの寝汗をかくといいます(大人でコップ1杯程度)。
それだけたくさん汗をかく赤ちゃんや子どものためには、
吸湿性・吸水性にすぐれたわたのふとんがぴったり。
かいた汗をしっかり吸収して、ちいさなからだを心地よく包んでくれます。

産まれたばかりの赤ちゃんの睡眠時間は、一日に16~20時間ともいいます。
つまり赤ちゃんにとっての世界のほとんどすべては、
お母さんの腕のなかとふとんのなかなのです。
大人でも一年をつうじて、肌着にはコットンやシルクなどの天然素材を選びますよね。
それは生地がしっかりと汗を吸収し、心地よくすごすことができるからです。
汗をかきやすい赤ちゃんのふとんとなれば、吸水性が大切なのはなおのことです。

2 帯電しにくいやさしい繊維

ナイロンやポリエステルなどの化学繊維は、帯電しやすい素材です。
冬場に化学繊維の服がこすれて静電気が起こることを
思い浮かべていただくとわかりやすいでしょう。
帯電しやすい素材はホコリを寄せつけやすいため、
アトピーやぜんそくの原因にもなりかねません。
コットンは人間の肌との相性がよく、帯電しにくい性質をもっています。
赤ちゃんや子どもの皮膚は薄くて敏感なので、
できるだけナチュラルでやさしい素材のものを選んであげたいですね。

3 子どもの成長をしっかりサポート

成長途上の赤ちゃんや子どものからだは、骨や関節も未発達です。
からだがつくられる大切な時期だからこそ
赤ちゃんや子どもが寝るふとんには配慮してあげたいもの。
敷ふとんは、からだをしっかり支えるほどよいコシがあるものを選ぶと良いでしょう。
柔らかすぎる敷ふとんは、背骨のゆがみや関節の不自然な発達をまねくおそれもあるため、
からだが沈みすぎない適度な固さが必要なのです。
また、掛ふとんは、苦しくならないようやさしい重さにしてあげるのが良いといわれます。

まとめ

赤ちゃんや子どもたちの快適で健康な眠りをささえてくれるのが
わたのふとんだということができるのではないでしょうか。

定期的に天日干しをしなければいけなかったり、
羽毛のふとんにくらべて重さもあったりして
たしかに敬遠される理由もよくわかります。

しかし、赤ちゃんや子どもたちが気持ちよく育つために
わたしたちはやっぱりわたのふとんをおすすめします。

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アレルギーを防ぐには——農学博士・奥村康さんインタビュー

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アレルギーについて、農学博士の奥村康さんにお話をうかがいました。
アレルギーの原因は? どうしたらアレルギーを防ぐことができる?
聴き手は、おたふくわた9代目・原田浩太郎です。

アレルギーとは

——そもそもアレルギーとは何でしょうか?

アレルギーとは、わかりやすくいうと人間の体内にアレルギーの原因(アレルゲン)が入り、
体内で「あれ? こんな形の物質、うちはいらないよ!」と過剰な反応をすることをいいます。
そのアレルゲンですが、喘息患者さんのアレルゲン陽性率を見ると、
原因はやはりダントツがダニと室内塵(ハウスダスト)です。
そしてアレルゲンになりやすい、ダニそのものよりも死骸や糞です。
死骸は腐ると粉々になりますが、その粉々になったものが体内に入って喘息になってしまうのです。
最近は「癒し」が流行り、ペットを飼う人たちも多いですね。
ペットでたしかに癒されるかもしれませんが、アレルギーになりやすいということも事実です。
しかし動物との生活は、気をつかう必要もあるのです。

——ダニというのはどのくらいの種類がいるのですか?

家にいてアレルギーになりやすいダニは主に2種類。コナヒョウダニとヤケヒョウダニです。

——名前だけでかゆくなりますね(笑)

ダニの拡大図をお見せすると皆さん嫌がりますが、
私はもう何年もこれを研究しているので今ではかわいく思えてしまいます(笑)
ダニは人間のフケや垢が好物です。
また、ツメダニというのもいますが、これは肉食性なんです。
そして主食は先ほどの2種類のダニです。
ツメダニはそんなにいないんですが、たまにダニに刺されたという時は、このツメダニが咬んでいるんですね。
しかしツメダニはアレルギー性があまりないので、咬むこと以外は健康に影響ありません。
しかしコナヒョウダニとヤケヒョウダニは咬まない代わりに死骸がアレルギーになりやすい。
なんとも複雑なダニ構図ですよね。

ふとんはダニの楽園

——ダニがゼロになればアレルギー患者の8割が治るとお話されていました。
  しかし絶対ゼロにはなりませんよね。どうしたらいいんでしょうか?

温度20〜30℃くらいで、湿度60~80%。これがダニにとって理想的な環境です。
そしてなんと……それは人間がいいと思う環境と同じなんです。
だから(人間の暮らす環境でダニの存在が)ゼロになるということはありえない。
そしてダニの好物は人のフケ、垢です。
その好物を一番手に入れやすいのが、ふとんやカーペットなどです。
ですからきちんと掃除をすることが重要なんです。

——ふとんですか(苦笑)。
  でも、最初からふとんにダニがいるわけではないですよね……

うーん。少ないことは確かですね。
でも、ペットを飼っていれば抱いたりそこで寝てしまえば、ダニの移住がはじまります。
また人間の衣類やフケ、体などについていればダニは移住をはじめます。
それにダニは隙間とか表面が凸凹している場所、湿気がある場所に住みたがります。
押入れの中に入れていたものを使用する時にも当然いますよね。
畳、ふとん、カーペットはダニにとって最高の場所なんです。

——ということはフローリングの上にふとんを敷いている人は、
  (畳やカーペットに比べて)ダニが少ないということでしょうか?

そうです。
フローリングは繊維のように絡みもなく継ぎ目が深くないので(ダニが)住みにくいです。
でも住みにくいだけでゼロではないですよ。
人間や動物が運んでくれば同じことです。

——やはりマメに掃除することですね。それしかないですか?

そうですね。
ふとんを叩く人がいますがあれはいけません。
叩いたくらいでは小さいダニは除けませんし、死骸や糞が表面に出てくるだけで逆効果です。

——ということはふとんを干すというのは、
  湿気をとるには効果的でも、ダニには関係ない?

そうです。
日干し=ダニが死ぬではありません。
ダニは55℃以上で死滅するので、日干し程度では死にません。
あくまで湿気を取り、ダニを住みにくくするだけです。
干した後、掃除機で片面1分程度吸うのが効果的です。

わたとダニ

——木綿蒲団の側生地というのは他の繊維に比べて太い番手を使用しています。
  そのため縦糸横糸の間隔がわりに大きいので空気や光が入りやすい。
  これは綿にとってはいいんです。
  それで考えたのは糸の間が大きいということは掃除機で吸いやすいのではないかと……

なるほど、そういう考え方もありますね。

——番手が太く糸の間隔が大きいと、ほこりも入りやすいし、ダニも入りやすいと思います。
  その反面、掃除機などをつかえば中綿のダニもほこりも吸い取りやすいので、
  かえって清潔かもしれないと思いました。

そうだと思います。
入りにくい加工をしているものは、入ったら出にくくなるわけですよね。
そういう実験をおたふくわたさんで一度やられてはいかがでしょうか。
環境をそろえるのが大変かもしれませんが、でも理屈で言うとその通りだと思います。

——木綿は昔から体に良いといいますよね。
  やはりアレルギーにも効果的なのでしょうか。

そうですね。
木綿はアレルギーになりにくい物質ですね。
木綿は植物繊維ですよね、植物繊維ではアレルギーになりにくいです。
木綿というのは90%近くがセルロースという物質でできています。
タンパク質もありますが1%程度です。
このセルロースというのは、人間の体のなかに入り込んでもアレルゲンとして働くことはありません。
しかし、外部からタンパク質が入ると自分の体の成分と違うことを感じてアレルギー反応を起こします。
タンパク質はそれぞれにひとつの形を持っているので、自分の体の成分と違うことが簡単にわかってしまいます。
その結果としてアレルギーを引き起こすのです。
ただ牛肉や鶏肉などを食べるという場合は、腸のなかで分解されるのでアレルギーにはなりにくいですけどね。

——つまりアレルギーの患者さんには木綿のふとんがいいというわけですね。

木綿は、アレルギーになりにくい繊維であり、肌にも優しいと思います。
きちんとこまめに掃除をすれば、清潔な繊維だと思います。

——本日はありがとうございました。

(聴き手:原田浩太郎)
※このインタビューは2005年6月に浅草のアサヒビール本社内でおこないました

奥村康さんプロフィール

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奥村康(おくむら・やすし)
農学博士。アサヒフードアンドヘルスケア株式会社に取締役開発部長として勤務するかたわら、
ダニアレルゲンに関する講演なども各地でおこなっている。
※プロフィールはインタビュー時点のものです

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木綿(もめん)と真綿(まわた)。その違いをご存知ですか?

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「木綿(もめん)」と「真綿(まわた)」

どちらも目や耳にすることは多くても、その違いは意外と知られていません。寝具関連の記事でも、ごく稀にそれらが同じような意味で使われていることがあるくらいです。今回はそんな「木綿」と「真綿」の違いをご紹介します。

植物由来? 動物由来?

おたふくわたのふとんや座ふとんに使われているのは「木綿」です。木綿は、アオイ科の植物「ワタ」からとれる繊維で、英語ではcotton(コットン)です。黄色いきれいな花が咲いた後に、コットンボール(朔)ができ、それが乾燥して割れると、あの白くて弾力のある綿(木綿)が出てきます。日本には約600年前の室町時代に朝鮮半島から種子が伝わったとされ、江戸時代には綿布が全国的に流通していたといいます。

一方の「真綿」は、蚕(かいこ)の繭(まゆ)からつくる繊維です。繭を煮たものを引き伸ばし、乾燥させてつくります。木綿は植物繊維ですが、真綿は羽毛や羊毛と同じ動物繊維なのです。ちなみに、繭から紡いだ糸でつくる織物が、いわゆる「絹(織物)」です。繭からとれる繊維そのもののことを絹ということもあります。絹の歴史は木綿よりも古いといわれ、古代から衣類や献上品などとして珍重されてきました。真綿も白くて光沢があり、やわらかく保温性にすぐれているため、古くからふとんや防寒着の中綿として利用され、良質なものは紬の原料としても利用されました。

綿といえばもともとは……

日本では、木綿が伝来するまでは「綿」というと、真綿を指していました。しかし、木綿が登場してからはワタからとれるものを「綿」もしくは「木綿」と呼ぶようになり、もともとの綿という意味で繭からつくるものを「真綿」と呼ぶようになったといわれています。

同じ「綿」でも、木綿と真綿はまったくの別物なのです。
次回からは、わたのふとんについてお伝えしていきます!

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1.おたふくわた復活

いよいよおたふくわを復活させる。学生時代から色々な事を夢見て、それを実現させようと親や周囲に迷惑をかけてきたが、まさかその時は意を決しておたふくわたブランドの「木綿ふとん」を売るとは想像もしていなかった。

幼少の頃におたふくの顔を見て少々怖がっていたのを覚えている。そして中学生ぐらいになるといわゆる「ダサイ」ブランドと思い、この商標に対して恥ずかしいという気持があった。その後色々な経験や勉強をして再びこの顔を見るとようやくこの顔がいかに長い時間を経て人々を癒してきたのか少しだけ理解してきた。当社の主力商品である綿に「おたふくわた」とつけた先祖の原田重吉氏には本当に頭が上がらない。このネーミングは見事当時の人々の心を一気に惹きつけた。

「結婚するときはおたふくさんのおふとんを作る」そういって沢山の人々がめでたいものとして婚礼ふとんを作っていただいた。
現代は驚くほど多種多様の寝具がある。高級というイメージがあった木綿、真綿そして羽毛ももはや消費者から見たら贅沢品ではない。

中には「寝られればいいじゃないか」と思う人もいる。それはそれで構わないし、ある意味正しくもある。消費者は過剰な広告に飽きて本物か否かを自分の目で見ている。だから消費者の方が寝具に詳しい時もあるし、またあれこれ書いたところで「寝られればいいじゃないか」と一蹴されればそれまでだからだ。
ただ世の中には「こだわっている」人がいる。

時計や靴やワイシャツ、カバンなど・・。ぱっと人には目につかないけど例えば愛車にこだわる人はタイヤにこだわるし、排気量をいじる人もいるし、ペダルを変える人もいる。食器を洗うときに洗剤やスポンジにこだわる人、ガーデニングでシャベルやジョウロにこだわる人、おしゃれな「こだわり」の人がいる。

おたふくわたはそこを目指している。ふとんにこだわりを持つ人、多分・・いるはずだ。
カバーをしてもさり気なく透かして見えてくるでしゃばらないシンプルなデザイン、今回のデザインはシンプルだがテーマを「ジャポニズム」にした。障子や格子、貨幣などをイメージして四角の枠を多くいれてみた。次回もテーマを持ったデザインにしたい。革新的な花柄か動物か風景か・・色々考えている。

何よりも自慢なのが中綿。エジプト綿はふっくら感がないかもしれないが繊維が相当長いいので生地にびったり付く。肌さわりは真綿に近いかもしれない。包みこまれる感覚がするので羽毛にひけを取らない。

今回のインド綿はめずらしい綿花の形をしたものだが短繊維なのでコシがしっかりしている。インド綿はコシがしっかりしているほど高級なもの。寝具は他人には見えにくいが毎日使うもの。こだわりを持つ人に満足してもらえるようなふとんにすることが私と職人の切なる思いだ。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2003年8月に執筆されたものです

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1. 「仕事のコツは妄想である」

あっという間に4月になった。新学期、新年度、など子供から大人まで皆にとって新しいスタートの月。僕のいる会社も新年度を迎え、今年度から「おた ふくわた復活劇」ではなく「結果」を問われる大事な1年となる。どういうテンションで来年の今頃このコラムを書いているか楽しみだ。
「長い間お世話になりましたが、残念ながら・・・」なんて悲しい書き出しのコラムにだけは勘弁である。どんなことあってもおたふくを続けたい!
さて新しいスタートとして新製品の発表、青山ショールームやホームページのリニューアルオープン、島田洋七原作の映画「がばいばあちゃん」とのタイアップ企画、さらに新たに社員も入り、今月はかなり話題が多いスタートとなった。また今までお世話になった会社と契約を終了させた一方、新しい出会い、提携や契約をはじめた月でもある。
だが大事なのはやっぱりその勢いを「継続」させること。最初のスタートが良くでもスローペースになれば最終的にはビリになる。運動会でいつも僕が経験してきたことを会社にまで持ち込むことはしたくない。でも継続ってホントに難しい。とにかく支えられる「何か」がないとすぐに頓挫する。
僕の支え・・それは「妄想」である。
僕には良くも悪くも「妄想癖」がある。家内はいつもあきれ顔だが仕事に関しての妄想と言えば、何年か先に綿ふとんのリサイクル方法が打ち直しだけでなく多くの方法が完成し、当然、環境面にも配慮できた体制となり、そのうち環境省から表彰されているとか、日本だけでなく世界の人口のほとんどが綿ふとんを使っているとか、それらの活動を評され国連でスピーチをしているとかいつもヒーロー妄想をしている。
でも僕にはこの「妄想癖」が大事である。妄想から目が覚めて現実を知ったとき、その差に悔しさを覚えて実行へいこうと動き出すのが僕の行動力の源である。分かりやすく言えばかっこいいアクション映画を観た後に、強い気になってけんかしたら見事惨敗した自分に腹が立ち、翌朝から鍛えはじめるという感じだ。「差の悔しさ」が僕にはバネになる。
おたふくわたを復活させた時に、いつかあの百貨店と取引してやるんだ、雑誌に出ているこのバイヤーといつかは喫茶店や打合せ室で商談をしているはずだ、来年の今頃はこういう感じでおたふくわたは新聞に出ているはずだ、・・・なんていつも考えていたが、それに近いことは多少実現できた。
来月から色々また皆さんにお知らせすることが出来るだろう。その中で読者が驚くようなニュースもあるかもしれないし、つまらん!と一蹴する内容もあるかもしれない。
それは全て僕や仲間たち「妄想」という種まきからはじまることだ。それをどう綺麗な花として咲かせるか皆さんに見てもらいたい。今年のおたふくわたも面白いはずだ。
次回は「催事が教えてくれた大事な事」・・・を書こうと思う。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2006年3月に執筆されたものです

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